8月8日を境に、私の中で新しい何かが目覚めました。 ここ数日、何とも表現しがたい感覚に、少し戸惑いを感じていましたが、 それが、クンダリーニの目覚めと言われているものだとわかりました。 蛇のように絡まって眠っているクンダリーニに、着火され、その炎が どんどん上方へと押し上げられてきます。 ハートが内奥から押し広げられていくような、何かとてつもないざわめきを感じます。 それは生命の炎の点火であり、創造、拡大のエネルギーだと感じます。 これから神との共同創造が始まる。そんな予感がしています。 何だか胸がドキドキしていて、これから起こる素晴らしい出来事や、 この世でまだ味わったことのない喜び、大冒険が始まると感じます。 私は、神の使いとしての自分の役割をはっきりと受け入れたし、 もう後戻りすることは決してない。 私は神からの伝言を伝える者であり、単なる媒体者である。 神からの伝言をわたしがまず自分のものとして受け入れ、そしてそれを 神が指名する者へと届ける。 それが誰に届けられるかということは、もうすでに決まっている。 私が神の計画に同意し、キリストと共に歩むことを決めた時、 恐怖の世界が、喜びの世界に変わることを保証された。 これから、聖なるお方と共に、どこへでも歩いていこう。 伝言を待っている人のもとへ。 彼と共になら、何も怖くはない。 この世のいかなる法律も、神の御意思のもとには何の力も持たない。 私の肉体を通して語られる、キリストの愛と強さが、死の夢から永遠の生命へと 目覚めさせてくれる。 恐れを愛に、不安を平安に、苦しみを喜びに、孤独感から一体感へと、 分離の魔法を解いていこう。 彼と共に歩いていこう。 2008年8月13日 |
愛でいるって、とっても自然なこと。
特別なことでもなんでもない。 難しいことでもなんでもない。 敵が消えるってこと。 人との違いがなくなるってこと。 皆が同じになるってこと。 必要なものは何もない。 失うものも何もないし、 何者かになる必要もない。 私達は最初からすべてを共有しているし すべてを持っているのだから。 愛によって、安全で、完全に守られているのだから。 それさえ受け入れれば、すべては丸くおさまる。 ただ自然体でいるだけ。 ただ喜びでいるだけ。 ただ、内なる愛を伝え、 感謝の内に愛を受け取る。 内なる愛を拡大し、 私という存在の喜びを知る。 こんな安らぎがあるだろうか。 こんな喜びがあるだろうか。 こんな至福があるだろうか。 愛はとてもシンプルであり、 愛はすべてである。 そして、想像を遥かに超えた力である。 私は愛で良かった。 皆が愛で良かった。 皆がひとつで良かった。 2008年7月17日 |
私はこの世界が幻想だと知った。 この身体さえも実は存在していない。 でも、その真実を、心のすべてが受け入れるには、 かなりの時間が必要だった。 真の自己は、自分の内奥に存在しており、 それは、時間や空間の外に在る。 外の世界は、全くの偶像であり、それは、神と分離していると 勘違いした意識が、勝手に創り出したものである。 この世界は、分離を元にすべてが成り立っていて、 つまり、何ひとつ真実ではない。 自分が神聖な神の子であり、愛そのものであるということ が理解できないのは、罪の意識があるから。 自分のことを、とても神とは似ても似つかない罪の塊だと 深いところで信じているからである。 でも、真実は全くの真逆である。 真実に於いて、誰も罪など犯してはいない。 何故なら、この世界は夢のようなもので、 本当に存在してはいないのだから。 誰ひとり、神から離れたことなど一度もなかった。 この世界に見るものは、すべて心の中の象徴であり、 私は、存在しないものを、そこにあると信じて見てきたのだ。 それに気付いた私に、エゴは容赦なく押しかけてきた。 なぜなら、私が本当に罪が無かったことを知ってしまったら、 エゴは消えてしまうから、エゴは自分の存在が消えることを恐れている。 私は、エゴに飲み込まれ、意識が分裂し、混乱しては、 またフッと、自分を取り戻す。という毎日を繰り返していた。 そんな中、出逢ったのが、ア・コースイン・ミラクルスだった。 そこには、誰も認めてくれなかった、心の内にあった 小さな光を、まさに深い確信に変えてくれた、キリストの言葉があった。 そういえば、二年ほど前にもキリストの声を何度か聴いたことがあった。 彼は、私に言った。 「人は皆、罪の十字架を背負っている。私はその十字架を取り除くためにきた。」 「私は、決して人々の犠牲になったのではない。私は、身体ではないことを、 その無意味さを証明したのだ。」と。。 私は、全くキリスト教にも無縁で、全く興味が無く、 キリスト自体にも、何の知識も無かったので、なぜキリストが?と思った。 でも、彼は、私の中にいて、そして、私自身であるとも言った。 罪は存在しないこと、赦すことを教えてくれた。 そして、それを人に教えるようにと。 私は、とっさに、私が当時信頼していたチャネラーさんにお願いしようかと思った。 私はまだ自分のことで精一杯だし、人に伝えられるような 自分ではないと。。。でも、すぐに声が帰ってきた。 「あなたがするのです。」 その時、私の胸の奥の何かがざわめいた。 その時の私には、その意味を深く理解できなかったが、 導かれるままに、ワークショップや、HPなどを通して、自分が 当時知り得る限りのことを伝えた。 だけど今、この本に出逢って、その時のメッセージの、本当の意味が理解できた。 彼は、聖霊と同じで、神と私達との仲介役をしてくれいるのだけれど、 彼の役割は贖罪で、彼自身が贖罪そのものであるということ。 なぜなら、彼らは愛であり、愛とは完全に赦された状態のことであるから。 そして、真実の私とは、キリストであり、聖霊であり、愛そのものなのだ。 だからこそ、この世界に於いて、私が彼らに代わって、 この肉体を通して、真実を伝えていくのだと。。。 また、教えることによって、私自身が、愛そのものであることを 自分に証明していくことでもあると悟った。 まさに、教えることは学ぶこと。。。 私はその時、胸の奥から熱いものが突き上げてくるのを感じた。 今まで張り詰めていた糸が、プツンと切れたように。。。 涙があとからあとから溢れてくる。 それは、自分という存在が、何者であるかを思い出した瞬間だった。 神の計り知れないほどの大きな愛に気付き、感謝という言葉 では伝えきれないほどの感謝が溢れてきた。 私が、この真実に気付くまで、どれほど長い間、待っていてくれたのだろう。 聖霊たちは、どれほど忍耐強く、私にメッセージを送ってくれていたことだろう。 過去の数々の記憶が走馬灯のように蘇る。。。 でも、私は彼らのように、忍耐強くなれるのだろうか? そう思った瞬間に、「それは決して苦労ではない」 と、キリストの優しく力強い声が私の中に響いた。 そうだよね。。。むしろ、私は、心のからその役割を望んでいた。 ただ、自分を否定していたために、受け入れることができなかっただけなんだ。。 そして、その役割は、いづれ誰もが通る道。 遅かれ早かれ、すべての魂がその道を通って愛へと還っていく。 皆がひとつの、懐かしい場所へ。 閉じた瞼の奥から、ひとつの眩しい光が近づいてきた。 その光の美しさと言ったら。。。純粋さ、清らかさ、温かさ、 言葉では表現できない美しさ。。 そしてなぜか、とても良く知っている。と感じた。 光は言った。 「私はあなただ」 静寂の中、その美しさと、すべてを包み溶かしていくような愛に しばらく、言葉を失った。。。 「よく、ここまで戻ってきた。 おかえり。」 喜びに胸が震えて、泣いた。 罪だと思っていた自分が、光のなかで一瞬にして溶けていくのを感じた。 そして気が付いた。本当の私は、「ずっとここにいた」と。 ずっとここから、夢の中で迷子になっていた私の心に呼びかけ続けていたのだと。 これが本当のわたしであり、世界の真の正体だった。 私はもう二度とここを離れない。 また、時間の中に戻っても、身体のなかにいるように見えても、 たとえエゴがどんな罠を仕掛けてこようとも、 私は、もうここから離れない。 私はまるで子供のように、安らぎの光のなかに身をゆだねた。 2008年6月11日 |
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